途中で読むのをやめた本は、読んだことにならないんだろうか。
ラジオで流れたことばを、すこしだけ立ち止まって読む場所です。
※途中で読むのをやめた本について、もう少しだけゆっくり考えてみるコラムです。
途中で読むのをやめた本は、読んだことにならないのかについて、やさしく整理します。
しおりが途中で止まっています
半分ほど読みました。
その先へ進んでいません。
嫌いだったわけではありません。
ただ本棚へ戻しました。
読みかけの本ができる理由は、内容の難しさだけではありません。忙しさや体調、その時期の関心など、本の外側にある事情で読書が止まることもあります。
最後まで読むことだけが読書ではない
数ページだけ覚えています。
一文だけ残ることもあります。
途中の場面を思い出します。
結末は知りません。
本から受け取るものは、読了した冊数だけでは測れません。途中まででも考えが動いたり、知らなかった言葉に出会ったりしたなら、その時間はすでに読書の一部です。
合わない本を閉じてもいい
文章が入りません。
今の気分と違います。
読むほど疲れることもあります。
閉じると少しほっとします。
本には相性と時期があります。最後まで読む義務を感じると読書そのものが重くなるため、いったん中断する、別の本へ移る、手放すという選択も自然です。
また開く日は急にやってくる
何年か棚にあります。
ある日、題名が目に入ります。
最初から読み直します。
続きから始めることもあります。
再開するときは、前の内容を完全に覚えている必要はありません。数ページ戻る、目次を眺める、印象に残った章から始めるなど、入り口を小さくすると戻りやすくなります。
途中までの本にも居場所があります
読み終えた本があります。
まだ開いていない本があります。
途中で止まった本もあります。
棚は区別せずに受け入れます。
猫の古本屋も、そんな流れの中にあります。読了は読書のひとつの区切りですが、唯一の正解ではありません。途中で閉じた本も、そのときの自分がどこまで歩いたかを残しています。
🎁 途中で閉じたページ、ここにあります。
よくある質問(Q&A)
🎁 「最後まで行かなかった本にも、途中まで一緒にいた時間は残っています。」
🐾 こういうの、手元にあると、案外いいんです。
🌙 本棚の時間を、もう少し。
このコラムは「猫の古本屋」シリーズのひとつです。
本を持つことや読む時間についてまとめた記事はこちら。
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